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残業時間が長い、土日も仕事で有給が取れない

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私が仕事を辞めたいと感じる時は、残業時間が長いという事です。私は不動産の賃貸部の営業として働いていますが、業界的に業務時間が長く休みもほとんどありません。休みは週に1回でその1日休みもお客さんの案内などでなくなる可能性もあります。仕方ないと思いますが休みが仕事になり仕事を終えて家に帰るときにまた1週間が始まると思うととても仕事を続けられる気がしなくなり辞めたいと思います。そして平均5時間ほど残業をしている為に自分の時間が殆ど無く自宅にはシャワーと寝るだけに帰っているようなものです。定時は朝9時から夜6時までですがいつも私が自宅に帰る時間は11時を越えています。遅い時は12時を過ぎる時もありました。終電もなくなりタクシーでクタクタになりながら家路に着いたときに辞めたいと思います。

残業をしている割りに残業代は見込み残業代として基本給に含まれているだけで、残業代は出ません。残業代が少しでも出てくれればやる気も上がると思いますが、私の給料はアルバイトでの一般的な時給よりも遥かに安いという事が最近分かり辞めたい気持ちがさらに増しました。有給も基本的に使う事が出来ず、冠婚葬祭以外では有給休暇はありません。それに加えて私の会社は上司のワンマンぶりが激しく上司の言う事は絶対で逆らう事が出来ません。職場では上司の機嫌を損ねないように気を使いながら仕事をしストレスも溜まる一方です。不動産業界的にはブラックな会社は多いですが私の会社は群を抜いてブラックだと感じます。

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有給休暇取れない会社SOS ~取らせない会社からの脱出~


商品を売るという行為に嫌気がさして事務へ転職

大手エステから事務に転職しました。エステの仕事内容は、コース販売の営業と会員さんに商品の販売をしたり施術をしたりすることです。店内の掃除と施術ルームからシャワールームとパウダールームのセットも毎日の仕事です。しばらく来ていない人に電話をかけて状況を聞いたり、予約を促したりすることも仕事でした。当時働いていたお店は妊娠や病気怪我などであればコース期限の延長も可能なので、すっかり忘れてそのまま放置している人もいるのテレアポも仕事内容でした。

エステを辞めた理由は、営業販売が得意ではなかったからです。大変だったのは、次々出る新しいコースの手技を覚えることと商品の概要を理解してお勧めすることでした。私はそれほど物覚えが良くなかったのと、ロープレをしても営業のコツを掴みきれなかったので辞めました。

そんなダメエステティシャンでしたが、なかには自分を慕って私だから契約する! と信頼して来てくれる方もなかにはいたことが嬉しかったです。商品を買ってくれた方も辞めて長年経った今でもはっきり覚えています。数少ない自分のお客様だったからこそ、あの喜びは今でも忘れられないです。頑張って体重を落としてあげようとこちらも張り切りました。

そういった嬉しさはありましたが、女社会なので営業努力の他に、上司に後輩や同期と軋轢を作らないような配慮にも気疲れして辞めました。

転職後は全く共通点のない業界の事務に転職しました。転職後に大変だったのは、今まで立ちっぱなしだった仕事から、座る時間が多い職種になったことで体力的に辛かったことです。長時間立って動いていることに慣れていた私は、座ったままモニタに向かうという作業がひどく疲れました。事務に転職してから一年くらいは、着席したままの状態が立ちっぱなしの状態よりも倍疲れました。今では座っている方がいいなと感じられるまでになったので、今後もずっとデスクワークの職種をやっていきます。


上司とのソリが合わないから転職するのもOK

私は過去に居酒屋で2年間ぐらい働いていた事がありましたけど、その時の辞めた経歴についてお話していきます。

仕事内容は、主に調理をしていました。夜の料理の仕込みだったり、揚げ物や焼き物を担当していたのです。もちろん、暇な時は洗い物をしていました。

勤務してから一緒に働く従業員の人も優しかったですし、丁寧に仕事を教えてくれたのでとてもやりやすかったです。ですので、2年ぐらい簡単に続ける事ができました。

しかし、転機が訪れたのです。辞める少し前に料理長が交代して、新しい料理長がきましたけど、その人とうまく考え方が合わなかったです。また、とても自信過剰な人で、人の失敗は怒りますけど、自分が失敗しても平然とした態度をとっていたのでその点も疑問に思ったのです。

少しの間だけ、頑張ろうとその料理長と仕事をしていましたけど、やはりストレスがたまるのと、かなり考え方が合わずに結局、僕の方がリタイアして辞めてしまった感じです。

2年ぐらいで辞める事になりましたけど、大変だった事はあまりなかったです。仕事もうまくこなせていましたし、失敗もあまりなかったですのでその点では良かったです。

逆にうまく料理を作れるようになったりして、この居酒屋で働いた経験というのは自分のプラスになって良かったです。

料理長さえ交代しなければまだ長く続けていましたし、少し残念な感じです。でもそれも1つの転機ですし、その後、無事に新しい職場に転職できたので良かったです。


客の金に群がるあくどい業界から手を引いた話

パチンコ店を辞めてしまった話をします。

私は大学を卒業して、パチンコが好きだからという安易な理由でパチンコ店に就職しました。最初の一次面接がチームでのディスカッションでした。その出来が良かったのか面接官の目に止まって、トントン拍子に進んで採用になりました。なので、あんまり就活の苦労をせずに就職してしまいました。

職場では、新人社員だったので、アルバイトと一緒のホール内での作業がほとんどでした。アルバイトは何年も働いているベテランばかりで、パチンコ店で働いたことのない私を、社員なのに仕事が出来ないと馬鹿にされ、あまり関係は良好ではありませんでした。先輩社員とも、相性が悪かったのか会うたびに嫌みを言われ、仕事のアドバイスも無く、悪い関係でした。それでも少しずつ仕事を覚え、自分なりに頑張っている毎日を送っていたのですが、仕事に余裕が出来るにつれて辞める原因となったものが見えてきました。

それはパチンコは人を不幸にするということです。パチンコを娯楽として、ちょうど良い距離感で遊技出来る人はいいのですが、のめり込んで人生が狂ってしまう人が多くいます。一番印象に残っているのは、最初来たときにはギャンブルをしなさそうな綺麗な人だと思っていたのが、徐々に来る頻度が増え、それに伴ってやつれていく人を見たことです。パチンコ店で働いていると同じような人をよく見ます。こういうことをよく見ていると、楽しい場所を提供しているはずなのにと、やるせなくなって、自分の仕事に自信が持てなくなっていきました。やがて働くことが辛くなり辞めてしまいました。


一緒に仕事をしたくない人たちにムカついた

私が職場の同僚にむかついたのは、女性の同僚がやるべき仕事を引き受けなかったことです。その仕事は少しだけ責任があったので、同僚の中でも尻込みする人は多かったです。ですが、誰かがやらなければ仕事が回りません。そこで上司と相談し、みんなが公平に責任を負担するよう当番制になりました。当番制なら、誰もが等しく責任を負うことになります。ですが、女性の同僚は「私にはできない」と言い、その当番制から外れました。

 私とその同僚は大差ない給料をもらっており、キャリアもほとんど変わりません。同じ給料をもらっておきながら責任のある仕事からは逃げるという選択に、私は唖然としてしまいました。できないならできるようになるまで努力しなければいけないですし、それができないなら給料を減らすべきです。

 また、その同僚女性にはどこか「責任のある仕事は男性がやるべき」という考えを持っていました。その考え方はむしろ男女差別だと思いますし、それを主張してやりたくない仕事を他人に押し付けてきたのにはむかつきました。ですが、私一人がそれを訴えたところで、事を荒立てたくない他の同僚は静観する立場を貫き、結局そのままの体制で決まってしまいました。

 その後私がその仕事をしたとき、上手くいかなくて残業になったことがありました。また、きつい仕事とその仕事が連続して精神的にヘトヘトになったこともあります。そのとき同僚の女性はさっさと帰宅していたので、余計にむかつきました。ですので、仕事における最低限のモラルがない人とは、一緒に仕事をしたくないです。